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その10 セントルイスの神学生日記B <「花とアリス」> 冬休みに、インターネットで「花とアリス」というドラマを観て、感動してしまった。スポンサーが“キットカット”のネスレらしく、食べたくなるという仕組み。でも、ドラマの方は、なかなかの現代風青春ストーリーだ。内容は、花という女の子が高校に入学し、ある先輩を好きになり、彼の所属する落語研究会に入る。一途な女の子だ。文化祭では、ちゃんと、落語をお披露目するところがえらい。一方、アリス(有栖川さん)は花の同級生で、大親友。アリスは、バイタリティ溢れた行動派だ。花のちょっとしたウソから、その落語の先輩と出会う。花に好かれた先輩の彼は、アリスの方が好きになり・・・。というお決まりの三角関係だが、なかなか微笑ましい関係なのだ。彼らの恋のゆくえは・・・?2004年劇場公開で、ということらしい。 <「点と線」> 松本清張の「点と線」。なぜ名作なのか。うまく説明はできないが、一度読んでも、また読みたくなるから不思議だ。男性のポケットから出てきた、「御一人様」の食堂車の受取証。なぜ恋人が同席していないのか。鳥飼(とりがい)刑事のちょっとした疑問から、推理がはじまる・・・。この作品は、いわゆる「時刻表トリック」という種類のアリバイ崩しがメイン。解説で平野謙が指摘するように、“ひとつのキズ”があるというのも面白い。東京駅の13番ホームから、15番ホームに停車している特急《あさかぜ》に乗るアベックを、“偶然”目撃するというのは、いい。だが、13番ホームに立つ目撃者が見通せる、たった“四分間”のうちに、その二人がちょうど乗車するようにした、工作の説明がされていないのだ。平野いわく、「作者がうっかり忘れていた」のだという。とはいえ、物語のなかで、共犯者の女性の随筆があったり、警視庁三原警部補と鳥飼刑事の書簡の往復があったりして、よくまとまっている。私としては、「人間には先入観が気づかぬうちに働いて、そんなことはわかりきったことだと素通りすることがある。・・・この慢性になった常識が盲点を作る・・・。」という言葉が興味深い。おすすめ。 <「真贋の森」> 松本清張の短編はどれも秀作ぞろいだが、私は『真贋(しんがん)の森』が気に入っている。なぜかというと、日本美術史の学問としての封建制を指摘している点が、面白い。また、実践である古美術の“鑑定”という作業が、あまりにも軽んじられている、というのだ。私の学ぶ神学にも、“日本の神学”の場合はそんなようなものだと思う。絶版となった神学書が手に入りにくいからだ。話はそれるが、この神学の分野にも、『トマスの福音書』という贋作がある。“疑い者”、使徒トマスの名を借りて、書かれたらしい。また、贋作ではないが、新約聖書の『ペトロの手紙 二』は、そのギリシャ語がよほど異質らしく、聖典性を疑う学者もいるという・・・。ある牧師が、この第二ペトロをテキストとした説教で、「この書簡は、実際ペトロが書いたかどうか解かりませんが・・・」と、枕ことばにしたのを聴いたことがあるが、それはマズイだろう。「使徒であるシメオン・ペトロから」(1:1)と表記されているのだから、それを信じなければ、説教自体が偽物になってしまう。・・・ところで、この『真贋の森』はいわゆる推理トリックものとは異なり、犯人探しも、アリバイ崩しもない。とはいえ、れっきとした清張ミステリという気がする。読者は主人公に感情移入する。そのため、彼の思惑が結末で破たんするというのは、やはり驚きなのだ。だが、主人公の人生と復讐心を、“反面教師”として、自己顕示(けんじ)欲を求めない人生にしたい。主は岩。主のみわざは完全。まことに、主の道はみな正しい。主は真実の神で、偽りがなく、正しい方、直ぐな方である。(新改訳 申命記32:4) <「ベン・ハー」> 私は将棋が好きで、気に入った将棋棋士がたくさんいるが、そのなかでも、尊敬する棋士とは、内藤國雄九段だ。彼は数少ない“千戦勝棋士”として有名な人だが、詰(つ)め将棋作家としても知られる。なかでも「ベン・ハー」という超長編詰め将棋は話題となった。詰め将棋とは、いうまでもなく、相手の王様を“王手、王手”で、手がなくなるまで追い詰めるゲームだが、「ベン・ハー」では、映画さながらのシーンが展開される。そう「ベン・ハー」とは、内藤氏が若いころ観た、チャールトン・ヘストン主演映画がモチーフとなっている。大戦車競争のシーンを思い起こさせる、ぐるぐる回る駒(こま)の動きをみると、芸術性すら感じさせられる。ただ、キリストの十字架上の死は、5五という盤上の中心で詰ましてほしかった。「ユダヤ人の王」(ルカ23:37)と呼び捨てにされたイエスは、私の罪が追い詰めたのだということを、自覚させるためにも・・・。 <小論文の書き方> 「大学受験 小論文の完成」 神田正美・倉本幸弘(編著)(駸々堂)という本がある。日本の大学受験をしなかった私にとって、数少ない参考書だ。大学留学中に購入したのかと思いきや、裏表紙の日付をみると卒業後であり、苦笑した。どうやら、就職活動中に、面接のほかに、論文提出が求められるかもしれないと買ったようだ。社会人時代、レポート作成のために、読んだ記憶がある。また、今の神学の学びにおいても、参考になっている。小論文の書き方を自分なりにアレンジしてみた。 <ポップ・コーン> この冬休み中、よくポップ・コーンを食べる。好きというより、野菜だと思って食べているだけだ。レンジで4分、という手ごろさもある。・・・よく考えてみれば、物心つく前から、ポップ・コーンを食べていた気がする。食べ物にうるさい親父だが、なぜか、ポップ・コーンは好きで、たまに思い出したように作っていた。乾燥したコーンの種をフライパンにのせ、油を入れて火にかける。フタをして、“パンパン”いうのを待つのだ。(種を残さないようにするのには、ちょっとしたコツがあるらしい。) 後は古新聞のうえで油を切り、塩をまぶして食べるだけ。まるで、かき餅でも作るかのように、うちでは見慣れた光景だった。私はあまり好きでもなかったが、「食べてみろ」と言われて食べると、まだ熱いので、けっこう美味しく思えたものだ。米国人をみていると、劇場でも家でも、映画を観るときには、欠かせないのが、ポップ・コーンらしい。たぶん私のような、ノスタルジーな面もあるのだろう。 <フレンド> 昨晩、友人のアディソン君から電話をもらった。彼は短大を卒業し、パートタイムの仕事をしていたが、最近、祈りのなかで、もっと良い仕事を与えてください、と主に願っていたという。次の日、仕事場へゆくとなんと、ストアが閉鎖されるので、スタッフ全員が解雇されるという、知らせを通告される。さいわい一年間ほど、雇用保険の手当てがでるらしい。アディソン君は失業がショックというより、主の答えがあまりにも速くきたことに驚いたという。この時期に、じっくりとみ言葉に聴き、よい準備をしてもらいたい、と切に願う。 <一難去って、また・・・> 二つの小論文は書き終えた。が、その前の週に書いた、私の自信作(マル一週間かけて仕上げた苦心の小論文。)がなんと、ライト・アゲイン(書き直し)とのこと!この組織神学は、ドクター・オカモトという若い日系アメリカ人の先生のクラスなのだが、かなり厳しい。日系といっても、日本語で通じ合えるわけでもなく、むしろ白人アメリカ人の教授より、シビアな人だと思う。次週には、自ら選んだ12コの神学記事を読み、レビュー(評論文)を書け、とのこと。まるで、駆け出しの作家でもなったような気分だ。まけてたまるか〜。 <「スィー・ミー」> ドクター・オカモトに捕まってしまった。組織神学のクラスが終わって、明日の他の2クラスのテスト準備のため、急いで立ち去ろうとしたのだが・・・。ドクター・オカモトいわく、今日返した小論文には、「スィー・ミー」とあっただろう、という。先週書いた、洗礼と信仰義認に関する小論文は戻ってきた。でも、私は例の「ライト・アゲイン」ね、と思って、バインダーに挟み込んでいたのだ。我々以外だれもいなくなった教室で、ドクター・オカモトから、「天地創造とは、なんだ」、「死んだら天国にいけるとなぜ、言えるのか」、「おまえは、クリスチャンだと、どうして確信しているのか」などと、立て続けに質問され、とまどった。しまいには、わからないなら、わからないといいなさい、とまでいわれてしまった。ったく!ペースが合わないんだよな〜。「・・・説明ではなく、実際どうなるのか、を書くんだ」と、なんだか、納得できたような、そうでないようなことをいわれて、やっと解放された。しかし、ようはまた、「ライト・アゲイン」なのね! <母親から・・・> 東京にいる母親から、封書が届いた。中には手紙はなく、友人からの数枚の年賀状と、母教会のクリスマス礼拝のときの写真、宣教師の報告書、それに新聞記事だった。その記事だが、「ブラック・ジャックがテレビTVアニメに」、「将棋の米長が引退」、「羽生王座追い込んだ初挑戦の19歳」、「舞の海、親父の背中」、「斬られ名優世界デビュー」、「『影踏み』が人気の横山秀夫氏に聞く」・・・など。特にこの横山秀夫に関する記事は、興味深く読んだ。「平成の松本清張」ともいわれる横山は、最近もっとも人気あるミステリ作家だ。私は『影の季節』などの短編しか読んでいないが、なかなか面白い。安易な殺人事件ものの多いなかで、横山作品には、県警警務課の人事担当や、ベテラン婦警、警務部秘書課の議会担当など、実にリアルな登場人物が、些細な組織内の“事件”を解明しようと試みている。「人間は一人ひとりに心のきれいなところも醜いところもある。組織もまた、そうした個人の結合体・・・」と横山いう。まさに松本清張を想わせる“社会派”だ。しかしワクにとらわれず、つねに新領域を挑戦している、という。新作『影踏み』では、“ノビ師”、人がいる家に忍び込む泥棒が主人公らしい。もちろん、清張も、警察ミステリものから、昭和時代のドキュメント、さらに日本美術史と骨董鑑定というようなテーマなど、ミステリ作家の枠を超えていた。・・・横山秀夫の長編『半落ち』の映画化のほうも進んでいる。この『半落ち』は、第128回直木賞候補となったものの、林真理子ら、当時の選考会によって、ミステリとして、設定に事実誤認という“重大な欠陥”があると指摘され、落選したというイワクつきの作品なのだ。まだまだ、横山人気は続きそうだ。それにしても、うちの母親は息子の興味をよくわかってるな。 <ついに、お正月!> 昨晩、スタウト家で、日本語集会があった。年明けて、久しぶりに会う仲間たちと、いろいろな話ができた。スタウト兄から、チェスの駒の動かし方を伝授してもらったり、ディアナ、ヨシキ、キャシーの三人組と、「子ども版クルー」というボードゲームなどをして、楽しく過ごした。そして、今年初めて、サトミ姉特製のおしるこ・海苔で巻かれたもち、をいただいた。サトミ姉いわく、このもちは、餅つき機で昨日造ったものだという。なるほど、丸もちだ。私にとって、やっとお正月がやってきたようだった。もっとも、肝心の「NHK紅白歌合戦」のビデオのほうは、次回、集まるときに貸してもらうことになった。春になるまえに、「さくら」が聴きたい・・・。 この寒い時期、皆様のご健康が主によって守られますよう、お祈り申し上げます。皆様からの励ましのお便りを、心待ちにしております。どうぞよろしくお願いします。 最近、気に入っている御言葉を・・・。「わたしはあなたの前に主という名を宣言する。わたしは恵もうをする者を恵み、憐れもうとする者を憐れむ。」(出エジプト記33:19)
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Roppongi Lutheran Church, JLC |