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その15 主日の黙想 No.8
   『謙遜』

 だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。 〈マタイ二三・
一ニ〉

 イエス様を知る近道はただ一つ、謙遜になることです。またどんなに深い知識
があっても傲慢な心である限り、平安は得られません。旧約聖書の詩篇にも神が
喜ばれるのは砕かれた魂であると歌われています。イエス様も自分を低くする者
が高められると言われています。それ故、お祈りも美しい、立派な言葉ではな
く、砕かれた魂の祈りでいいのです。パウロはそのことを「わたしたちはどう祈
るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成
してくださるからです」(ローマ八・二六)と述べています。
  ・ ・バッハは、ルーテル教会の礼拝音楽を代表し、交響楽を完成した人と
も言われ、世界の音楽家の中で最も尊敬されている一人であると思いますが、そ
のバッハが「通奏低音は音楽の最も完べきな基礎である。左手があらかじめ決め
られた音を弾く一方、右手が協和音や不協和音を提供することにより、神を讃え
る快いハーモニーが生み出され、それは魂にとっての喜びである」と書いている
のを知りました。
  低音はあまり目立ちません。しかし、この低音こそ美しい音楽の調和を与え、
神を讃美する最も確かな音となるというのです。低音というのは、どんなに大切
なものなのかを教えられます。
  また、高峰の美しさは高い所に居てはよくわかりません。低い場所から見てこ
そ美しい全貌が見えてくるものでしょう。そのように、より知識や経験を積め
ば、イエスさまや神さまのことが見える、分かるのではありません。むしろ、自
らを低く、貧しくする人こそ神を知るのです。でも、自分の力で謙遜になれると
思うことも、既に傲慢さとなると言えるかも知れません。
  今日はペンテコステ、イエスさまの弟子たちに聖霊が降った日ですが、使徒言
行録には、それは一同が祈りつつ一つになっていたときであったと書かれていま
す。五月二日の黙想で、身を低くすることが平和への道であることを書きました
が、わたしたちが平和、一つになるためにも謙虚さを互いに学びんでいきたい、
そのためにこそ、主イエスのお力である聖霊降臨、聖霊の働きを身を低くして求
めましょう。

大和 淳牧師

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