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その18 主日の黙想 No.11
   『「いろいろいる」こそ教会のパワー』

 「恵み深い主に感謝せよ、慈しみはとこしえに」 歴代誌上十六章三四節〉

  「おとなはおとなだけで群れ、子どもは子どもでたむろし、老人は老人同士
で集う。ひょっとすると仲間と群れることも面倒で、一人で過ごす時間のほうが
長いのかもしれません。それがいまの日本の社会のありさまです。
  年齢、性別、社会的役割など、いくつかの層にくつきりと分かれて、それぞれ
が交じり合うことがない。他の層にはふれない、かかわらない、むろん関心もな
い。固守したいのは自分の居心地のよさ。『面倒はごめん』『波風は立てないに
かざる』という態度が伝わってきます。
  けれど、社会の成長のエネルギーというものは、老若男女あらゆる人間が交じ
り合うことで初めて生まれるのです。異質なものが混在するから、文化は成熟
し、継承されます。類で群れ合って楽を求めているかぎり、社会に、未来を切り
拓くような力がみなぎることはありません。」(日野原重明著「生きかた上手」
より)

 「いろいろいる」が、社会のパワー ― なるほどです。社会のパワー、つま
り「未来を切り拓くような力がみなぎること」、これってそのまま教会にもに不
可欠なこと。「いろいろいる」こそ教会のパワー!
  でも、「いろいろいる」っていうことは、これは当然、ぶつかり合いも起きま
す。面倒、波風の世界!
  だから、自分とは違う存在「異質なものが混在」するところには確かに《いる
だけ》でもエネルギーがいります。人間、「固守したいのは自分の居心地のよ
さ」、でも、それでは、「未来を切り拓くような力」は生まれない。そうです、
葛藤の中でわたしたちはパワーアップの瞬間にぶつかっているのです。
  「自分の居心地のよさ」、いえ、たとえ居心地が悪くても、わたしはわたし、
そうしていられる、「恵み深い主に感謝せよ 慈しみはとこしえに」、その神さ
まの恵み深さ、慈しみとは、まさにわたしがわたしであること、心をしっかり地
につけていられること、そうあり続けることができること、いえ、そうしてくだ
さること、何よりそれが教会なのです。困難の中から、波風荒れ狂う中から、パ
ワーアップできるということ。
  子どもたちが夢中になるゲームやアニメの世界でのパワーアップには、必ずア
イテムが必要です。つまり、どんなアイテムを持っているかで決まる世界。でも
これって、大人の幻想、願望の押し売りでは?人より多く、また違ったアイテム
を求めて、対立、争い、憎しみ合い、ねたみ、そしておごり、あるいは挫折を繰
り返す大人の世界、その縮図、投影のような気がします。
  でも、本当のパワーアップにアイテムなんていらない。いえ、かえってジャマ
です。あなたがあなたであればいい。あなたのなかに「慈しみはとこしえに」、
そう無限の力、「未来を切り拓くような力がみなぎっている」!「いろいろい
る」を心から楽しめる、互いにかけがえのないわたし、あなたでいられる、そん
な教会でいましょう!

大和 淳牧師

© Roppongi Lutheran Church, JLC
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