2000年12月17日(待降節第3主日) 聖書日課と説教
 
第1日課   サムエル記下7:8−16

 私の僕ダビデに告げよ。万軍の主はこう言われる。私は牧場の羊の群れの後ろからあなたを取って、わたしの民イスラエルの指導者にした。あなたがどこに行こうとも、わたしは共にいて、あなたの行く手から敵をことごとく断ち、地上の大いなる者に並ぶ名声を与えよう。わたしの民イスラエルには一つの所を定め、彼らをそこに植え付ける。民はそこに住み着いて、もはや、おののくことはなく、昔のように不正を行う者に圧迫されることもない。わたしの民イスラエルの上に士師を立てたころからの敵をわたしがすべて退けて、あなたに安らぎを与える。主はあなたに告げる。主があなたのために家を興す。あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。彼が過ちを犯すときは、人間の杖、人の子らの鞭をもって彼らを懲らしめよう。わたしは慈しみを彼から取り去りはしない。あなたの前から退けたサウルから慈しみを取り去ったが、そのようなことはしない。あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに固く据えられる。

 

第2日課      ローマ人への手紙16:25−27

 神は、わたしの福音すなわちイエス・キリストについての宣教によって、あなたがたを強めることがおできになります。この福音は、世々にわたって隠されていた、秘められた計画を啓示するものです。その計画は今や現わされて、永遠の神の命令のままに、預言者たちの書き物を通して、信仰による従順を導くため、すべての異邦人に知られるようになりました。この知恵ある唯一の神に、イエス・キリストを通して栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

 

福音書  ルカによる福音書1:26−38

 6ヶ月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである 。そのおとめの名はマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることはない。」マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれてくる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリザベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう6ヶ月になっている。神にできないことは何一つない。」マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。

 
説教  「神様のご計画は完璧です。」 柴田ジョージ師


ルカによる福音書の1章26節から38節までのお言葉でございます。

この聖句と共に使徒書の言葉の通りに、私たちは皆、この季節のうちに、主イエス・キリストを述べ伝えようと努めたいと思っております。神様はパウロを用いて大いに伝道をなさったのです。また、偉大なダビデ王も用いなさって彼によってイスラエルの国を建てて、力をつけてそれによって、その後に出来る神殿の準備をもなさったのです。それによって現在はユダヤ人といわれていますが、イスラエル人が大いにイエス様に期待して、その信仰を守ってきたのです。その約千年後ですか、いよいよその時が来て、神様が一人の若い婦人に選ばれました。その婦人はどういう方でしょうかと聖書を探ってもあまり詳しいことはございません。ただ、神様の御独り子を産んだ女ということだけしか出ていません。ある教会では、神様の子を産んだお方であるから彼女も神様でしょうと解釈する教会もあるのですが、私たちにとって大切なことは、誰も知らないナザレの田舎町に育った、そこはガリラヤよりも一山奥にある小さい町でしたが、そこに住んでいる小さい人を神様は選びなさったことです。それは誰であっても良かったでしょう。わたしたちも含まれていることで無いでしょうか。神様が私たち一人一人のことを思って、わざとそれほど目立たない一人の方を用いなさってその人を御独り子の母親にしたのです。これが、私たちにとって、きっと今日の聖書の言葉の一番大切なことで無いでしょうか。

 

マリアは天使から「子供が生まれる」と言われて、その子が神様の御独り子というように説明されたのです。そのような大切なことを私が出来るのでしょうかと、マリアは戸惑ったことでしょう。でも神様はお頼みになられたのです。マリアを選びなさったのです。マリアは、その後の聖書を見ましてもそれほど目立つ素晴らしいお方ではなかったのです。しかし、マリアから生まれたイエス様は、立派なお方です。私たちもその方を私たちの救い主と信じております。

神様もマリアが戸惑うということをよくお分かりであって、その準備としてもう一人の人をこの世に送られたのです。その方は先週も学びましたが、バプテスマのヨハネという、よく目立つ素晴らしいお方で、女から生まれた者でこの人以上の人はいないというほどのお方です。格好はそれほど立派に見えなかったが、彼の語る言葉が多くの人の心に響いて、良い先駆者としての務めを果たした人です。

その人を先に送るためにまた神様は老夫婦を選ばれたのです。ザカリヤとエリザベトです。エリザベトはマリアとは親類関係にあった人で、前から、知っていて天使はマリアを落ち着かせるために、「エリザベトも身ごもってもう6ヶ月になる」と伝えます。子供が生まれることを全然期待していなかった夫婦でしたが、神様が彼らをも恵んで、さっき申しましたように立派な子供を与えられました。立派とは神様のお勤めをする立派な方と言う事です。

このときは、まだ生まれていなかったのですから目立ちませんでしたが、でも、マリアにとってはこのことも大きな保証であったと思います。エリザベトにも子供が出来たことは。

そのエリザベトの所へ訪ねて行くのですが、そのとき、挨拶をする前にすでにエリザベトはマリアが妊娠して救い主の母親になると言うことを分かっていたようです。と言うことは体内の子供が喜んだとあります。それは不思議なことです。バプテスマのヨハネのお父さんは祭司として、当時祭司は大勢いたのですが、ちょうど当番で神殿の勤めをしていた時に、神様は彼に子供を与えること、そしてその子供は救い主の先駆者になって良い仕事をすることをお知らせになりました。彼はそれを疑ったために、しゃべることが出来なくなったのです。口が利けなくなって、一時は聾者になっていたのですが、ヨハネが生まれて名前がつけられたときに彼は再びしゃべることが出来るようになったのです。ということは、神様が言われた名前を彼につけたのです。と同じようにマリアも聞かされていたのです。

生まれる子供の名前を前もって教えられていたのです。名前をつけることは父親の役割でした。それによって、はっきり誰の子であるかがマリアにも分かったでしょう。イエス様の父親は天の神様です。それでマリアは田舎町の娘でしたが心から喜ぶことが出来たのです。そして自信を持って子供を育てることが出来たのです。

今日のお言葉の中に、神様がなさることは、人によっては不思議なことであるかもしれません。パウロも言っています。「多くの人には理解できないこともあるでしょう。あんまりにも珍しい、あんまりにも人間の考えと違ったことを神様はなさる。でも神様にとって不可能ということは何一つも無いのです」と。

神様が御独り子をこの世に送るための準備をされて、神様の思われる通りにイエス様がこの世にいらっしゃるようになさったのです。私たちは、神様が組み立てた素晴らしいご計画を見て、これは神様にとっても特別なことで、ただ偶然のことではなく、神様が一つ一つのことを合わせて実行なさって、私たちが信じられるようになさったことでございます。私たちはこの神様がなさったことを喜んで受けることが大切でないでしょうか。

待降節の一つの日課として、神様がなさることは素晴らしい。どう考えても完全であって、私たちのことを大いに心配しておられる。何百年も前から、偉大なる人ダビデをも用いて、イエス様がこの世に来られる用意をなさったのです。彼のお陰で立派なエルサレムができて、町に素晴らしい神殿が出来た。私たちにとっての礼拝堂です。これが出来てその建物の周りにいる人たちが神様の約束を繰り返し、繰り返し人達に聞かせていたのです。いよいよその時が来て、神様は私たちと同じようなただの人を神の御子の母親となさったのです。神様は私たちのことを心配して、真剣に計画を立てて、イエス様をこの世にお送りなさったと考えるほかありません。本当に神様に感謝すべきことでございませんでしょうか。

その思いを持って、この礼拝をし、また聖餐式に与かりましょう。

六本木教会の礼拝にいらっしゃいませんか。
毎週日曜日の午前11時から行われています。教会は営団日比谷線六本木駅から徒歩約10分のところにあります。
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