真の光は世に来た

2011年12月25日 降誕祭

ヨハネによる福音書1章1〜14節

説教: 高野 公雄 牧師

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。

神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。彼は光ではなく、光について証しをするために来た。その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。

言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。

言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

ヨハネによる福音書1章1〜14節


私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン

例年であればクリスマスは夕べの礼拝として祝うところですが、今年はめずらしくクリスマス当日が日曜日に当たりましたので、このように午前11時からの主日礼拝として守っています。

本日の福音はヨハネによる福音書1章1~14節です。この個所は学者たちによれば、福音書が書かれる前から歌われていた古い賛美歌がもとになっているそうです。私たちが礼拝を賛美歌で始めるように、ヨハネ福音も賛美歌で始めているのです。これは、他の福音書が地味な始まり方をするのと比べて、ヨハネ福音の目立った特徴です。

この個所には、「言」(ことば)という珍しい訳語が繰り返し現れます。これは新約聖書の言葉、ギリシア語ではロゴス logos といいます。「ロゴス」とは何でしょうか。イエスさまは2000年前にユダのベツレヘムで、おとめマリアから人としてお生まれになりました。そして30歳か33歳くらいで十字架に架けられて殺されてしまいました。キリスト教の信じるところによれば、その死は私たち人間を罪から救うための贖い(あがない)すなわち身代金にほかなりません。つまりイエスさまはご自分の命と引き換えに、私たちを死の闇から救い出してくださったのです。神はそういうイエスさまの贖罪死を良しとし、イエスさまが朽ち果てるのを見棄てず、死の三日後に復活させました。復活とは、この地上で息をふき返すことではなく、イエスさまが神の右に高く挙げられたこと、生きている人と死んだ人との永遠の支配者となったということです。この、救い主であり永遠の支配者であるイエスさまは、その十字架と復活によって初めて、いわば養子として受け入れられるように神の独り子となったのではありません。イエスさまは永遠の昔から神の独り子であったのです。イエスさまは2000年前に人として生まれる前から神と共に存在しているのです。昔も今ものちも生きているイエス・キリストを、福音書記者ヨハネは「神の独り子」とか「言」と言い表します。「言 logos」とは永遠の神の子イエス・キリストのことだったのです。

きょうの聖書本文から、元の賛美歌を完全に復元することは難しく、学者によってさまざまな意見が出されています。しかし、6~8節など、洗礼者ヨハネについての言及は元の賛美歌にはなかったもので、福音書記者のヨハネがあとから付け加えたものという点は一致しています。

もともとの賛美歌は、神による救いの歴史を三つの段階に分けて歌ったものです。

第一段落は1~4節です。《初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった》。そもそも「言」によって天地が創造されたこと、「言」が人に命の輝きを与える方である、と歌っています。

第二段落は9~11節です。《その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった》。これは旧約聖書時代の「言」の働きについて歌っています。「言」はまだ人となっていません。モーセを通して律法という形でユダヤ人に与えられました。しかし、彼らは「言」を受け入れませんでした。

第三段落は14節と16~17節です。《言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである》。これは新約聖書時代の「言」の働きについて歌っています。「言」は人となった。私たちはクリスマスにおいてこの方を祝っているのですが、2000年前だけでなく今も、「言」すなわちイエス・キリストは、信じる私たちと共におられ、つねに豊かな恵みを注いでくださっていると、ユダヤ教の律法にまさるイエス・キリストの恵みを賛美しています。

クリスマスが来ても、私たちの闇・苦しみ・問題が消えて無くなるわけではありません。しかし、今やまことの光は世に来て、すべての人を照らしています。それは2000年の昔のことではなく、今日まで続いていることです。その光は聖書を通して、闇を照らし続けています。私たちはそのことを知った喜び、その解放感を感じとることができるでしょうか。

現代に生きる私たち日本人は、クリスマスに関する情報、聖書やキリスト教に関する知識をすでにたくさん得ていると思います。その知識を自分の身に着けて、自分の血肉と化して、生活を明かるくするもの、温かくするものとして活用できているでしょうか。私たちはキリスト教についての知識 knowledge を自分の生活に生きる知恵 wisdom、心の働きに変えていく必要があります。

教会において、私たちが互いに目指すのは、このことです。毎週の礼拝を通して、イエス・キリストの福音、喜ばしい知らせを聞き、それを自分の人生の価値観とし、行動の指針として身に着けていきたいと思います。神さまの大きな愛をいただいて、一緒に生きていきましょう。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン

2月
2

闇の世に光を

2011年12月24日 降誕祭前夜
ルカによる福音書2章1〜20節
説教: 高野 公雄 牧師

 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

ルカによる福音書2章1〜20節


私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン

本日の礼拝プログラムの第5段「イエスの誕生」(ルカ福音書2章1~7)ではイエスさま誕生の次第が客観的に語られています。人々の反応や出来事の意味には触れていません。これがそのまま歴史的事実であったかというと問題はありますが、大筋は書かれた通りと言ってよいと思います。

イエスさま誕生当時のパレスチナはローマ帝国の植民地になっていました。時の皇帝アウグストゥスが人口調査をせよという勅令を出し、シリア州総督のキリニウスの指揮で、ガリラヤ地方のナザレ村の住民も故郷に戻って登録することになりました。ヨセフは故郷であるユダヤ地方のベツレヘム村に向けて旅立ちます。5節《身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである》は、おだやかな表現ですが、マリアの身ごもっている子供の父はヨセフではないこと、しかしヨセフはマリアもその子も受け入れる覚悟であることを示しています。

ローマ皇帝が人口調査をしたのは、植民地の住民から税金を取り立てるためです。身重のマリアを連れたヨセフは、苦しい旅を強いられます。おかげでイエスさまはベツレヘムで生まれることになり、旧約聖書に「新しい王」はダビデ王の出身地ベツレヘムで生まれるとある預言が実現しました。皇帝はそれとは知らずに神の計画に奉仕することになったのです。

礼拝プログラムの第7段「羊飼いたちの讃美」(ルカ福音2章8~20)で初めて、イエスさまの誕生の意味が語られます。その意味は、この出来事の場所から離れたところで、野宿をしていた羊飼いたちに明かされます。天使が現れて彼らに語りかけます。《恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである》。

ここに《大きな喜びを告げる》と訳された言葉の中に、著者ルカのお気に入りの言葉「喜びの知らせ」=「福音 good news」という語句が含まれています。イエスさまが生まれたという知らせを含めて、イエスさまの語った言葉、行った行為を記した書物を福音書と呼んでいますが、福音とは「喜びの知らせ」という意味です。

パレスチナはもとは羊やヤギなどの小家畜の放牧を仕事とする半遊牧民が暮らす土地でした。ダビデ王も元は羊飼いであり、神さまさえも羊飼いにたとえられています。しかし、イエスさまの時代には定住が進み、多くの人は農民となっていました。羊飼いは流れ者、野宿する者として社会の片隅に追いやられた存在となっていました。その彼らに真っ先にイエスさま誕生の知らせ、喜びの知らせ=福音は届けられたのです。

天使は続けて言います。《あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである》。人類の救い主として生まれたイエスさまは、羊飼いたちと無縁な方ではありません。イエスさまもまた《宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである》とあるように、自分の居る場所がなく、飼い葉桶を寝床としているというのです。羊飼いたちは、自分たちも《民全体に与えられる大きな喜び》から漏れていない、神の国に招かれている、と感じたことでしょう。それで、彼らは《急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当て》、そして《神をあがめ、賛美し》ました。私たちの身近に、家がない人・居場所がない人・生きる上で困難を抱えている人がいるのではないでしょうか。あるいは私たち自身がそういう人の一人かもしれません。救い主の誕生の知らせは、そういう人たちにこそ届けられるのです。

《この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」》。もともと聖書でいう「平和 シャローム」は、神による正義や公平の実現を意味していました。ですから、平和とは戦争のない状態を意味するだけではなく、それだけでも素晴らしいことですが、さらに、秩序と繁栄、自由と平等、民主主義と人権尊重をも意味しています。

きょうはクリスマスの歌をたくさん歌いましたが、最後に、クリスマスの歌が平和を造り出した実例をお話ししたいと思います。

一つは、普仏戦争の最中の1870年のクリスマスイヴの出来事です。戦場でフランス軍とプロイセン(ドイツ)軍が対峙していた時、突然、フランス軍の一人の兵士が塹壕から飛び出して、「さやかに星はきらめき, Cantique de Noel, O Holy Night」を歌いだしました。その歌に感動したドイツ軍の兵士が今度は「いずこの家にも, Vom Himmel hoch da komm ich her」(マルチン・ルター作詞)を、そして「きよしこの夜, Stille Nacht! Heilige Nacht!, Silent Night, Holy Night」を歌い、こうして両方の塹壕からそれぞれのクリスマスの歌声が流れ、暗黙のうちに24時間の停戦が成立。束の間でしたが、平和が造り出されたということです。

いま一つも、これと似た出来事が、1914年のクリスマスイヴに第一次大戦下の西部戦線でも、やはり「きよしこの夜」を巡って起こっています。この出来事は「戦場のアリア」という映画にもなり、ヨーロッパ各地で語り継がれています。

人の善意や平和への思いは厳しい現実を前にして無力に近いものですが、クリスマスは束の間であっても平和を実現させる力があります。クリスマスに「闇の世に光を」もたらします。この希望を忘れないでいてください。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン

2月
2

主はその民を訪れた

2011年12月18日 待降節第4主日
ルカによる福音書1章67〜79節
説教: 高野 公雄 牧師

父ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した。
「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、我らのために救いの角を、僕ダビデの家から起こされた。
昔から聖なる預言者たちの口を通して語られたとおりに。
それは、我らの敵、すべて我らを憎む者の手からの救い。
主は我らの先祖を憐れみ、その聖なる契約を覚えていてくださる。
これは我らの父アブラハムに立てられた誓い。こうして我らは、敵の手から救われ、恐れなく主に仕える、生涯、主の御前に清く正しく。
幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを知らせるからである。
これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く。」

ルカによる福音書1章67〜79節


私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン

きょうは待降節第4主日で、アドベント・クランツのローソクが4本ともりました。クリスマスを祝う前に4回の日曜日を待降節(アドベント)として降誕の準備と待望の時を持つのが決まりです。

さて、今日の福音書は、聖書の小見出しで「ザカリアの預言」とありますが、この個所はむしろ「ザカリアの賛歌」という呼び名で通っているでしょう。詩編以外の個所に記されている詩歌は、旧約聖書にあるのも、新約聖書にあるのも「カンティクル Canticle」と呼びますが、その日本語訳が「賛歌」なのです。

ルカ福音書の1章と2章には三つの「賛歌」が含まれています。最初あるのが「マリアの賛歌」で、ラテン語聖書の最初の言葉をとって「マニィフィカト Magnificat」(「あがめる」の意)とも呼ばれます。これは讃美歌にもなっていますし、バッハ他の作曲もあり、よく知られた歌です。二番目が今日の個所の「ザカリアの賛歌」。これも初めの言葉をとって「ベネディクトゥス Benedictus」(「ほめたたえる」の意)と呼ばれます。三番目は「シメオンの賛歌」で、初めの二語をとって「ヌンク・ディミティス Nunc Dimitis」(「今こそ去ります」の意)とも呼ばれる周知の歌です。なにしろ、私たちは毎週、これを礼拝の終わりの部分で歌っているのですから。

これらの三つうちで「ザカリアの賛歌」は、一番なじみの薄いものだと思います。しかも、聖餐式の中で必ず歌われる同名の「ベネディクトゥス」の方がはるかに有名です。こちらはマタイ福音21章9の、《主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ》という言葉でして、ミサ曲中の1曲としてたくさんの作品が作られています。単に「ベネディクトゥス」と言うと、ミサ曲の方と間違われるので、「ザカリアのベネディクトゥス」と呼んで区別しています。

このように、「ザカリアの賛歌」は他に比べてなじみの無い「賛歌」かもしれませんが、この詩の初めに《父ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した》とあるように、旧約聖書以来のユダヤ教の信仰の香りに満ち、味わい深く、クリスマスを前にして読むにふさわしい詩歌です。

まず、この歌の背景から見ていきましょう。ルカ1章5~24と57~66に書かれています。マリアがイエスさまを生む6か月前に、マリアの親戚のエリサベトも男の子を生みました。この子は後に「洗礼者ヨハネ」と呼ばれるようになります。ザカリアはエリザベトの夫であり、ザカリアとエリサベトは子供のいない老夫婦でした。ザカリアはイスラエルの祭司でした。祭司は24の組に分かれていましたが、ザカリアはその中で第8の組であるアビア組に属していました。それぞれの組は、年に2回、神の前で務めるのですが、当番が回ってくると、その組の祭司たちは神殿に集まって、朝夕くじを引いて、任務を決めたそうです。最も大切な務めが、聖所の奥で香を焚いて祈りをすることでした。当時イスラエルには2万人以上の祭司がいましたから、一組には1000人近い祭司がいたわけで、主の聖所に入って香を焚くというのは、一生に一度あるかないかの務めでした。

ザカリアが香を焚いて祈っているとき、突然天使が現れて、香壇の右に立ちました。《ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた》とあります。大役を仰せつかったザカリアは、何事も無くつつがなく終わって欲しい、と願っていたことでしょう。神の聖所で祈りを捧げながら、そこで神と出会うことは期待していなかったのではないでしょうか。そこへ天使が現れたわけです。何かとんでもないことが起こりそうな気がします。私たちの信仰生活も、それと似た面があるかも知れません。つつがなく自分の人生を歩んでいきたい。毎日の生活の中で、神が介入してこられることは望んでいないのです。自分の人生を神に乱されては困るのです。教会の営みも、そこに神が介入してこられることを考慮に入れず、私たちの計画、私たちの行いという風に考えてしまっているのではないでしょうか。本当は、私たちの人生、私たちの教会の歩みというのは、神と出会うところから変わっていくのだと思います。

天使は言います。《恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名づけなさい。その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する》。ザカリアはこの言葉を聞いた時に、《何によって、それを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています》と反問します。彼は一種の「しるし」を求めたわけですが、その結果、その子が生まれるまで口が利けなくなるという「しるし」が与えられました。その後、天使が予告した通り、ザカリアとエリサベトの間には、男の子が与えられました。

ザカリアが話すことを禁じられたのは、罰ではなく、子どもが生まれるまで彼が神と共にいることを求められたからと考えることができます。イエスさまは宣教を始める前に荒れ野で断食しました。洗礼者ヨハネも荒れ野にいました。荒れ野は何もない、自分と神だけの世界です。同じようにザカリアも子どもの誕生という大きな出来事を前にして心の荒れ野に退くこと、つまり人との交わりを避けて神と共にいることが求められたのではないでしょうか。イエスさまは人生の重大事を前にしてしばしば神に祈って夜を明かされました。私たちも人生の大きな出来事を前にしては、しばし神と共にいることが求められます。これから人生の重大事を迎える人もいるでしょう。迷っている人もいるかも知れません。特にそのようなとき、キリスト不在の、世間のクリスマスのざわめきの最中にあっても、ザカリアのように心の荒れ野に退き、神ともにあって神のみ旨を祈り求めてほしいと思います。

誕生から8日目に、男子には割礼を施し、名前をつけるのが当時の習慣でした。この日、人々は当然「ザカリヤ」と名付けようとします。ユダヤでは父や祖父の名にちなんで名付けるのが普通だったからです。そこで異を唱えたのは何と、エリサベツです。それでザカリアに尋ねると、天使が伝えたとおり、書き板に《この子の名前はヨハネ》と記します。そのとたんに、ふたたび話せるようになります。その後、聖霊に満たされて歌った預言が、この賛歌です。

「ザカリアの賛歌」は、75節までの前半と76節からの後半の二つの部分に分けられます。前半は、神を賛美しているのですが、それは神が洗礼者ヨハネを送ったからではなく、《我らのために救いの角を、僕ダビデの家》から起こしたから、つまりイエスさまを送ってくれたからなのです。この歌は旧約聖書の出来事への暗示や神を救い主として称える詩編の言葉に満ちています。ユダヤ教的な終末の希望は実現され、約束は守られ、アブラハムの契約は覚えられ、すべての敵は神が上げた「救いの角」(神の力を指す。サムエル上2章10)によって打ち負かされるだろうと歌います。

後半も、焦点はイエスさまにあるのであって、ヨハネは《主に先立って行き、その道を整え》る者であることを明らかにします。また、ヨハネやイエスさまがこれから何をしようとしているのかということの要約になっています。後半も旧約聖書の言葉を数多く引用し、救い主イエスさまの出現を《高い所からあけぼのの光が我らを訪れ》と美しく歌っています。そしてその「あけぼのの光」たるイエスさまは《暗闇と死の陰に座している者たちを照ら》すのです。

キリストの降誕はまさに、世にはびこる矛盾や悲しみや苦しみに対する挑戦です。「世の悪」に立ち向かうに、私たちはあまりに無力であり、希望のかけらすら見つけることが難しい現実です。しかし、私たちを信仰のうちに「照ら」してくださる「あけぼのの光」が約束されています。イエスさまの到来を待ち望みましょう。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン

1月
1

ヨハネの証し

2011年12月11日 待降節第3主日
ヨハネによる福音書1章19〜28節
説教: 高野 公雄 牧師

 さて、ヨハネの証しはこうである。

エルサレムのユダヤ人たちが、祭司やレビ人たちをヨハネのもとへ遣わして、「あなたは、どなたですか」と質問させたとき、彼は公言して隠さず、「わたしはメシアではない」と言い表した。彼らがまた、「では何ですか。あなたはエリヤですか」と尋ねると、ヨハネは、「違う」と言った。更に、「あなたは、あの預言者なのですか」と尋ねると、「そうではない」と答えた。

そこで、彼らは言った。「それではいったい、だれなのです。わたしたちを遣わした人々に返事をしなければなりません。あなたは自分を何だと言うのですか。」ヨハネは、預言者イザヤの言葉を用いて言った。

「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。『主の道をまっすぐにせよ』と。」

遣わされた人たちはファリサイ派に属していた。彼らがヨハネに尋ねて、「あなたはメシアでも、エリヤでも、またあの預言者でもないのに、なぜ、洗礼を授けるのですか」と言うと、ヨハネは答えた。「わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない。」これは、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事であった。

ヨハネによる福音書1章19〜28節


私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン

教会の暦で復活祭の前の四旬節(Lent レント)と、降誕祭の前の待降節(Adevent アドベント)は、同じ紫の季節です。四旬節はキリストの十字架を前にして、懺悔と痛悔と克己が強調され、悲しみの季節という思いが強いですが、待降節はもうすぐキリストが来られるという愛と喜びと期待に満ちた季節という側面が強く感じられます。とくに今日の第三主日は、アドベント・クランツのローソクの色がいつもの紫ではなく、バラ色で表わされているのですが、「喜びの主日 Gaudete Sunday」と呼ばれます。

この呼び名は、昔は礼拝の初めに唱えられる賛美唱がフィリピの信徒への手紙4章4~6であったことに由来します。《主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい》。ラテン語聖書ではこの聖句は「喜びなさい Gaudete ガウデテ」から始まります。それで、「喜びの主日」と呼ばれます。

きょうの賛美唱は、ルカ福音1章の「マリアの賛歌」でしたが、そこでも《わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます》と、「喜び」が前面に出ています。そして、第二朗読のテサロニケの信徒への手紙二5章16以下でも、《いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです》と、「喜び」がテーマになっています。きょうは、救い主がもうすぐそこまで来ておられるという喜びをもって礼拝するのです。

さて、先週はマルコ福音1章で洗礼者ヨハネがイエスさまの先駆けとして現れたことを読んだことに続いて、今週はヨハネ福音1章から洗礼者ヨハネの証しについて聞きました。

きょうの福音に書かれていることが、どこで起こったのか、まずそこから話を始めようと思います。きょうの朗読個所の最後28節に《これは、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事であった》とあります。ベタニアといいますと、皆さまは、マルタとマリアの話やラザロの復活の話の舞台となったエルサレム近郊の村を思い出されるでしょう。しかし、きょうのベタニアはそれとは違って、「ヨルダン川の向こう側」つまり川の東側にあります。聖書に付いている地図で見てみましょう。聖書地図の6番「新約時代のパレスチナ」に出ています。ヨルダン川が死海に流れ込むところのすぐ右上に(実際には7KMほど上流に)、きょうの話の舞台となるベタニア村の場所が記されているのを見つけられたでしょうか。ヨルダン川は北の山から深い谷を作って流れ下っているのですが、この辺りは浅瀬になっていまして、ここで洗礼者ヨハネはらくだの毛衣を着て、方々から集まった人に悔い改めの洗礼を宣べ伝えていたのです。ちなみに、現在そこには、洗礼者聖ヨハネ教会というカトリック教会と修道院が建っているそうです。

こういう活動をしている洗礼者ヨハネのもとへ、エルサレムの指導層は使者を遣わして、《あなたは、どなたですか》と質問させました。洗礼者ヨハネは答えます、《わたしはメシアではない》。《彼らがまた、「では何ですか。あなたはエリヤですか」と尋ねると、ヨハネは、「違う」と言った。更に、「あなたは、あの預言者なのですか」と尋ねると、「そうではない」と答えた》とあります。Who are you? という質問に対して、洗礼者ヨハネは I am not. と答えています。それならば、I am.(新約聖書の言葉で「エゴー・エイミ」)と言う者は誰なのでしょうか。それが、ここでの中心ポイントです。

「わたしはある エゴー・エイミ」。これは、神を言い表す一つの言い方です。出エジプト記3章にある「燃える柴」の場面を覚えておられるでしょうか。モーセが羊の群れを飼っていると、燃える柴を見ます。よく見てみようと柴に近づくと、燃える柴の間から神がモーセに語りかけます、《わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である》と。そして言います、《わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ》と。神はモーセを、エジプトで奴隷となって苦しんでいるイスラエルを救い出す指導者として召し出したのです。そして、《神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと」》(3章14)。

洗礼者ヨハネは、もちろん神ではありませんし、メシアでもありません。彼は、イエスさまこそが、「わたしはある」と言う方、神でありメシアである方、地上を歩まれる神であることを証ししているのです。

洗礼者は自分自身については、「それではいったい、あなたはだれなのですか」という問いに対して、《ヨハネは、預言者イザヤの言葉を用いて言った。「わたしは荒れ野で叫ぶ声である》と答えます。先週、このイザヤ書40章について、バーテルト博士はすばらしい説教をしてくださいました。博士の許可をえて、その原文と日本語訳を今週の週報に挟んでありますので、ぜひ、お読みください。

紀元前6世紀のことですが、預言者イザヤはバビロニア帝国の首都バビロンにユダヤの民と共に捕虜となっていました。捕われの身であっても当代随一の知識人であったイザヤは、世界情勢を読んでいていました。東の隣国ペルシャのキュロス王の台頭によって、自分たちが解放されると感じとり、こう預言したのです。

《主のために、荒れ野に道を備え、わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。主の栄光がこうして現れるのを、肉なる者は共に見る》(3~5節)。《高い山に登れ、良い知らせをシオンに伝える者よ。力を振るって声をあげよ、良い知らせをエルサレムに伝える者よ。声をあげよ、恐れるな、ユダの町々に告げよ。見よ、あなたたちの神。見よ、主なる神。彼は力を帯びて来られ、御腕をもって統治される。見よ、主のかち得られたものは御もとに従い、主の働きの実りは御前を進む。主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め、小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる》(9~11節)。

このように、イザヤはいったんは、キュロス王をメシアとみなして期待をかけました。確かにキュロスはユダヤの民をバビロン捕囚から解放して帰国を許しました。しかし、キュロスが本当のメシアではないことも分かってきました。預言者たちは、それではいったい本当のメシアはどのような方なのだろうと思い悩むのです。

《その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない》とあるように、まだイエスさまは登場していないのですが、にもかかわらず、きょうの福音で、洗礼者ヨハネは、イエスさまこそがイザヤが指し示していたメシアだと証言しているのです。ヒトを本当に人とする者はイエスさまを置いて他にはいない。《見よ、あなたたちの神。見よ、主なる神》。イエスさまのうちに神を見ることができる。これが洗礼者ヨハネの信仰告白でしたし、私たちへの証しです。私たちは、ヨハネが指し示した、来たるべきイエスさまに、ヨハネと共に心を向けたいと思います。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン

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