宣教の始まり

3月
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毒麦たとえ話

2011年8月7日 聖霊降臨後第8主日
マタイによる福音書13章24〜35節
説教:高野 公雄 牧師

イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。「天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。僕たちが主人のところに来て言った。『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。』主人は、『敵の仕業だ』と言った。そこで、僕たちが、『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと、主人は言った。『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、「まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう。』」

イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」また、別のたとえをお話しになった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

イエスはこれらのことをみな、たとえを用いて群衆に語られ、たとえを用いないでは何も語られなかった。それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。「わたしは口を開いてたとえを用い、天地創造の時から隠されていたことを告げる。」

マタイによる福音書13章24〜35節


私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン

きょうの福音は、先週の「種を蒔く人」のたとえに続く箇所です。このマタイ福音書13章には「天の国のたとえ」が集められていますが、きょうはその中から「毒麦のたとえ」「からし種のたとえ」「パン種のたとえ」の三つを読みます。最初の「毒麦のたとえ」はマタイ福音書にだけ見出されるたとえです。

「天の国のたとえ」といいますのは、これらのたとえは《天の国は次のようにたとえられる》というような出だしで始まるので、そう名付けられています。この福音書を書いたマタイ先生は「神」という言葉を大事にとっておくために、ふつうは「神」と使われるところを「天」と言い換えるという特徴があります。ですから、ふつうは「神の国のたとえ」と呼ばれます。

身近な物事を例にとって、よく知られていることにたとえて、神の国のことを伝えようとするのですが、イエスさまのたとえは、神の国と言っても、将来の天国の楽園状態を教えようというわけではありません。いま現在、イエスさまご自身がこの世に来られたことによって神のこの世に対する働きかけが始まっているということを伝えようとしています。きょうの福音の最後に《わたしは口を開いてたとえを用い、天地創造の時から隠されていたことを告げる》とありますが、この《天地創造の時から隠されていたこと》とは、イエスさまを通して神の救いの働きが始まっていることを指しています。「神の国のたとえ」を聞いて、そのことを悟るかどうかがカギになります。

さて、「毒麦のたとえ」です。毒麦とは、外見が小麦そっくりの雑草で、麦畑にはびこります。それ自体が毒をもっているわけではありませんが、毒をもった菌が付着するので毒麦と呼ばれます。このたとえ話の筋は、こうです。ある人の畑に、敵が毒麦をこっそりと蒔きます。僕(しもべ)たちが気づき、すぐに抜き取ろうとしますが、主人は《いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい》と、収穫の時期を待つよう指示します。すぐに抜けば根が絡んでいるので良い麦も抜いてしまうおそれがありますし、あまりよく似ているので毒麦のつもりで間違って麦を抜いてしまうかもしれません。しかし、生長しきったときなら穂の形で見分けがつくので完全に選り分けることができるのです。

麦と毒麦が共存している畑、これは私たちの暮らす社会の現実そのものです。どうにかしなければなりませんが、世の中は善と悪が白と黒にはっきりと分かれているわけではなく、グレーゾーンが幅広く占めています。それにそもそも、他人を善か悪か判断しようとする自分自身が麦と毒麦が混ざった畑であることも考えなくてはなりません。ある人を悪と決めつける私の視点は果たして正しく公平なものでありうるでしょうか。また毒麦は育つあいだに良い麦に変身することはありませんが、人は育つあいだに悔い改めて本心に立ち帰ることができます。人は変わりうるのです。ことわざにも「角を矯(た)めて牛を殺す」とあります。牛の角を直そうとしてあまりいじり回すと、牛自身を殺してしまうことになりかねません。西洋にも「産湯と一緒に赤ん坊を流すな」というのがあります。趣旨は同じで、あまりに熱心に改革や組織の改変や行動をしすぎると、不必要な要素を取り除くうちにどうしても必要な要素までもとりのぞいてしまうことになりがちです。

たとえの最後に、主人が《刈り入れの時、「まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう》、と言っているように、最後には神さまの審判があることは確かですが、イエスさまの関心は、この主人の取る姿勢を述べることによって、ご自分の身を通して始まったいま現在の神の国の働きを伝えることにあります。いまは裁きの時ではない、いまは寛容の時、忍耐の時だと言っているのです。ここに、誰をも切り捨てない神の国のあり方、そして《徴税人や罪人の仲間だ》(マタイ11章9)と非難されたイエスさまご自身の生きる姿勢を見ることができます。私たちはどうしたら世の中を良くしていくことができるのか、いつもイエスさまの生き方の中にその答えを探していく者でありたいと思います。

ところで、このたとえは、教会を考えるときにも適用されて、500年ほど昔の宗教改革の時代には改革者たちを二分することにもなりました。一つのグループは、当時の社会と教会の道徳的堕落ぶりを否定し清めようとするあまりに、教会を否定し、幼児洗礼を否定して、自分たち真の信仰者だけからなる新しい教会を作ろうとしました。他のグループは、道徳よりも信仰の質の改革を目指しました。改革の旗印は「恵みのみ・信仰のみ・聖書のみ」ということでした。そして現世にある教会つまり目に見える教会は、麦と毒麦の、信仰者と不信仰者のまじりあった群れである現実に耐えていくべきと考えました。なぜなら、誰が信仰者であり、誰がそうでないのかは、神のみが知ることであるからです。《主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つ》(エフェソ4章5)です。教会を割ることには反対でした。これがルーテル教会の立場です。

イエスさまの神の国運動に加わった人々は、世の権力者や金持ちではありませんでした。むしろ彼らはイエスさまの運動をつぶしにかかったのです。イエスさまと弟子たちは、貧しく小さな群れに過ぎず、神の国からほど遠い姿でした。そんなグループの運動が果たして世の中を改善することができるでしょうか。このような疑問に答えるのが、次の二つのたとえです。

《天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる》。からしは地中海沿岸原産で荒れ地などに自生している野草ですが、栽培もされています。種子を挽いて粉にしたものを料理用のマスタードとするほか、野菜またはハーブとしても利用されます。このたとえでは実際のからしよりも誇張されていますが、始まりの小ささと結果の驚くほどの大きさが対照されています。「空の鳥」は異邦人、異教徒を指しています。ガリラヤの片隅で始まった小さな運動を神さまは将来かならず外国人もが参加するように大きく育てるというイエスさまの確信、弟子たちへの激励です。

次のたとえも同じです。《天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる》。パン種とは、パンの製造に使用する酵母、イーストのことです。小麦粉にイーストを混ぜたならば、イーストは消えてなくなってしまうかのようです。私たちは吹けば飛ぶような小さな群れにすぎません。しかし、ほんの少量のイーストが粉に働きますとパン生地全体が膨らみます。3サトンは換算すると38.4リットルですから、ずいぶん大量のパンができあがることになります。これはたぶん、世界の東西南北から集まった救われた者たちの、天国における大祝宴に供されるパンを象徴しているのでしょう。

東日本大震災のような途方もない大きな出来事に直面したら、私たちの愛の業、募金や援助はまったく無力に感じられます。しかし、神さまが私たちの小さな努力を、神の国が成長していくことの中に用いてくださると信じてよいのです。イエスさまの「神の国のたとえ」は、そう私たちを励ましてくれているのです。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン

8月
8

弟子の召命

2011年1月23日 顕現節第4主日
マタイによる福音書4章18〜25節
説教: 五十嵐 誠 牧師

◆四人の漁師を弟子にする

4:18 イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。4:19 イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。

4:20 二人はすぐに網を捨てて従った。4:21 そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父親のゼベダイと一緒に、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、彼らをお呼びになった。4:22 この二人もすぐに、舟と父親とを残してイエスに従った。

◆おびただしい病人をいやす

4:23 イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた。

4:24 そこで、イエスの評判がシリア中に広まった。人々がイエスのところへ、いろいろな病気や苦しみに悩む者、悪霊に取りつかれた者、てんかんの者、中風の者など、あらゆる病人を連れて来たので、これらの人々をいやされた。

4:25 こうして、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ、ヨルダン川の向こう側から、大勢の群衆が来てイエスに従った。

マタイによる福音書4章18〜25節


私たちの父なる神と主イエス・キリストから 恵みと平安が あるように  アーメン

おおよそ30歳頃、イエはいよいよご自分の使命に進むこととなり、その準備の場面が今日の福音書です。イエスはガリラヤでの伝道を開始します。その準備とはご自分働きを助ける弟子を集めることでした。最初の弟子の召命がありました。召命とは、ある使命を果たすよう神から呼びかけられることを言います。イエスの弟子とはイエスと共に福音を述べ伝えるために呼ばれたものです。イエスは弟子たちと共に、各地に福音を伝えて歩かれました。それは福音書という書物に書かれています。

少し学問的なことを話します。新約聖書には四つの福音者があります。順番に、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネです。ふつう、最初の福音書はマルコといわれています。(AD70年)。私はそうは思いませんが、学者の一般的な意見です。福音書には「~~による福音書」と書いた人の名前がありますが、元々はなかったようです。後から付いたものです。ですから、著者について疑問視出来ますが、マルコの福音書は、昔からマルコが書いたと伝承されていますから、そう取ってもいいでしょう。マルコは伝説ではパウロやペトロと共に働いています。のちにペトロの通訳として働き、ペトロから聞いたイエスの言行を記憶する限り正しく書き記したので。彼はマルコの福音書の記者といわれています。(エウセビオス・教会史)。マタイは徴税人マタイ・・イエスに召された・・と言われています。ルカは医師ルカが、使徒言行録と共に書いたと言われています。ヨハネは最初の弟子ヨハネと言われています。異論がありますが、古くからの伝承です。

それぞれの福音書は、単にイエスの伝記(ただ、個人一生の事績を中心とした記録)を書こうというのではなく、確信を持って「イエスは神の子であり、キリストである」ということを伝えようとして書かれました。イエス・キリストはBC6年前後に生まれ、AD33年から32年の間に、エルサレムの西北のゴルゴダの丘で処刑・十字架刑・されたのですが、そのイエスを「救い主」として信じるという意味です。イエスこそがキリストであり、神の光と恵みとに満ちた方であるのです。「神の子」とか「キリスト」とはですが、これらの福音書を読んで行くと分かりますが、今は、イエスは「神から遣わされた決定的な人類の救い主」というくらいに理解しておきます。

イエスは「ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われ」(マルコ1:15)て、伝道を始めています。「神の福音」ですが、神から、神についての「福音」です。「福音」とはギリシャ語で「エウアンゲリオン」ですが、英語ではGospel・Good News です。日本語では「良い知らせ・喜ばしいしらせ」です。この言葉は人々が戦争やマラソンの結果はいかにと待っているときに、「勝ったぞ!、優勝したぞ!」という喜びの知らせ、それが「福音」と言う意味です。福音書を書いた弟子たちは、イエスの喜びの知らせ、あるいは、イエスに関する本当の喜びの知らせを・・自分たちの見た、経験した喜びの知らせを書いたのです。

私たちは福音書を通してイエスを知り、見ることが出来ます。そのイエスは二千年前にローマ帝国の広大な支配の片隅・パレスチナで、当時の人々が持っていた問題と真っ向から向かい合っていた一人の人でした。貧し姿ですから、救い主という感じをしないようであったでしょう。しかし、イエスは多くの人々に救いの希望を与えましたが、最後には、弟子たちに裏切られ、死刑になったのです。

私たちはそのイエスを見つめていこうとしています。イエスを どんな目で見るかですが、イエスを過去の方・・二千年前に「神の喜びの言葉を語り、いろいろな病気や苦しみに悩む者、悪霊に取りつかれた者、あらゆる病人をいやされた(マタ4:24)過去の偉大な宗教家・・と見ているわけではありません。イエスの出来事は「終わった出来事」ではないのです。イエスの言葉は過去のメッセージではないのです。

私たちはイエスを過去の方ではなく、今 私たちの中にイエスは生きていて、私たちに語りかけ、救いの手を差し出している神からの救い主として受け止めるのです。あのイエスが二千年前にガリラヤで語ったこと、イエスの周りに集まった人たちに起こったことが、今も、私たちに語られ、私たちの間で起こるのだということです。私たちは過去のイエスを喜んでいるのではなくて、今共にいるイエスを信じて喜びに満たされるのです。ペトロは「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています」。私たちも同じではないでしょうか。

私たちは偉大な哲学者や宗教家を知っています。その教えを、人生の導きとして多くの人が信じています。しかし、イエスがその人たち違う一点は、その人たちは死んだが、イエスは復活し、今も生きているということです。パウロは「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと」(コリント15:3-5)と断言しています。福音とは「キリストが死んで、葬られたこと」です。また「キリストが復活した」ことが福音なのです。

教会はこの福音を伝えていますが、今日の福音書でも、イエスはご自分と共に神の招きを廣く伝えるために弟子を集めています。普通は12使徒がいます。弟子とは「わたしについて来なさい」イエスの言葉を受け入れた者です。そして。その役目は「人間をとる漁師に」なることです。「ガリラヤ湖のほとりを歩いているとき」とありますが、東北約22キロ、南北約18キロ相等の湖で、茨城の霞ヶ浦くらい。私は鹿嶋市に住んでいましたから、良く行きました。四季には色とりどりの花が咲いたそうです。「野の花を見よ」がイエスの言葉にあります。旧約聖書では「キンネレテ湖」といいました。

イエスはそこで、シモンとアンデレを弟子にしました。シモンは後に「ケファ」といわれましたが、「ケファ」とはアラム語(当時のヘブル語の方言)で「岩」です。で、シモンは「ペトロ」と呼ばれるようになりました。ペトロとはギリシャ語で「岩」を意味します。シモン、アンデレはギリシャ名ですが、当時の人はヘブ名とギリシャ名の二つ持っていたようです。仲間内ではヘブル名、公式にはギリシャ名と思います。次に、イエスはゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネを招きました。最初の二人も、後の二人も、「網を捨てて従った」、「父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して・・イエスの後についていった」のです。生計の道である「網」を捨てて、あるいは「家族を残して・・」イエスについていった。イエスの最初の弟子は・・イエスの片腕として働いたのはガリラヤ湖の漁師でした。普通の人・・「無学で普通の人」(使徒言行録4:13)でした。優秀な人を選ばれたとは言えません。

彼らは声を掛けたイエスにすぐに従った・・ちょっと考えると、軽率な行動ともとられます。招いた人が悪人だったら大変です。オウム真理教では、多くの若い方が犠牲になりました。」ここでマタイが言いたいのは、弟子のあるべき姿です。弟子になるのは能力や資格は問題ではないのです。問題は声を掛けるのはイエスです。それにどう応えか、なのです。弟子とはイエスと共に歩き、生きて、神の国の現実の様を示すものです。彼らは、確かに初めはイエスを落胆させた弟子でしたが、後に、イエスのために命を捧げる者になりました。神の聖霊の助けで使命を果たしましたが、彼らの多くは殉教しました。(殉教とは自分の信ずる宗教のために命を捨てることです)。

12使徒の名前を記しておきます。マルコ、マタイとルカにあります。*「そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。シモンにはペトロという名を付けられた。ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、この二人にはボアネルゲス、すなわち、「雷の子ら」という名を付けられた。アンデレ、フィリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、タダイ、熱心党のシモン、それに、イスカリオテのユダ。このユダがイエスを裏切ったのである」。(マルコ13:13-19)。*ルカ「朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた。それは、イエスがペトロと名付けられたシモン、その兄弟アンデレ、そして、ヤコブ、ヨハネ、フィリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、熱心党と呼ばれたシモン、ヤコブの子ユダ、それに後に裏切り者となったイスカリオテのユダである」。(マタイ6:13-16)。

現在は牧師が使徒の働きを受け継いでいます。今は人手不足です。そして、優秀な牧師をという声があります。いい説教をし、いい牧会をして欲しいと会員は願います。だいぶ前に、「教会だより」に匿名の投書が載っていました。説教で教会の批判をし、文句をいわない教会に行きたいといい、また、会員を攻撃する説教をする牧師がいました。その投書をした方は「心にしみる説教を!」と言いました。それへの反応がありません。しーんとしています。私は読んで、このような牧師がいたことに複雑な気になりました。牧師は説教壇を降りるとき、貧しい内容だと感じることが多いです。勉強不足を思います。でも、精一杯語るので聖霊の働きを祈るのです。会員から今日の説教は「よかったです」と聞くと元気になります。この投書とは別ですが、牧師はなかなか批判・意見・・教会や会員への・・は言えないのです。言うことで対立が生じ、牧師が辞めるか、会員が出ていくで、決着します。そして教会はさらに小さくなります。牧師の経験です。

あの投書では牧師と会員がお互いにきつく批判し合っているようです。普段でも牧師にきつい言葉を掛けていると思います。お互いに気にくわないでしょうか。肌が合わないとか気が合わない人がいるものです。意外と会員は・・役員とか有力者は牧師を厳しく批判します。牧師は反論し難い点あります。ある時期はそうかも知れませんが、その後はお互いに話し合って行くとき、教会は成長します。全部牧師任せはいいようですが、感心しません。教会に制度があるのは・・牧師、役員などが・・あるのは、教会が正しく運営されて、聖霊がその人々を通じて働くためなのです。牧師も役員も、神様の働きを妨げる、下手な牧会や教会運営をしない限り、教会は成長していきます。 最近は信徒の方が勉強します。神学書など読んでいますから、不勉強な牧師の説教は聞くに堪えないものになります。ですから、もっとよい説教を願うのです。牧師はそれに応えて、勉強をすべきです。そういう私も恥ずかしいですが。

イエスが選んだ弟子たちは、本当にイエスを理解し、世界に福音を伝えるようになったのは、イエスの復活の後、イエスが弟子たちに現れた時からです。弟子たちはそれまでは恐れと不安に落ち、自己嫌悪に・・イエスを裏切ったという・・ありました。しかし、復活したイエスが弟子たちに前に現れたとき、彼らはイエスに愛の眼差しと赦しの心を知ったのです。復活後のイエスが弟子たちとともにいるとき、イエスの厳しい叱責の言葉でなく、愛の眼差しと赦しの眼差しを感じます。弟子たちはそれ触れ、回心し、キリストのために、立ち上がり、主のために生きる決心をしたと思います。彼らは自分の生涯をイエスの福音のために捧げたと考えても間違いでないと思います。

私たちはかって「私に従ってきなさい」というイエスの声を聞いて、従ってきました。50年、60年、あるいは数年か数十年ですが、その間私たちは決して平坦な信仰生活でなかったと思います。ある方がいいました。人間には三つの坂があると。「上り坂」「下り坂」そして、「まさか」という「坂」だと。振り返ると分かるような気がします。しかし、にもかかわらず、今も主と共にあると言うことは、私たちが主の愛と赦しの眼差しを見て来たからではないかと思います。至らぬ弟子ですが、イエスは見放すことなく、愛の目で見守ってくださるのです。だから私たちはそこから立ち上がることが出来るのではないでしょうか。私たちが変わっても、「イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に変わることのない方です」。(ヘブル13:8)。そのイエスを見上げて生きたいと思います。

アーメン

1月
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ろばに乗る・・主イエス・・・

2010年11月28日 待降節第一主日

マタイによる福音書 21章1-11節

説教:五十嵐 誠牧師

◆エルサレムに迎えられる

21:1 一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山沿いのベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、21:2 言われた。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。21:3 もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」21:4 それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。21:5 「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、/柔和な方で、ろばに乗り、/荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」21:6 弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、21:7 ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。21:8 大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。21:9 そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」21:10 イエスがエルサレムに入られると、都中の者が、「いったい、これはどういう人だ」と言って騒いだ。21:11 そこで群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言った。


私たちの父なる神と主イエス・キリストから 恵みと平安があるように  アーメン

ご承知と思いますが、今日から教会の暦が新しくなります。教会はイエスの生涯を巡って生活をしていますから、クリスマス、復活祭・イースター、聖霊降臨祭を中心に暦が作製されています。クリスマスを迎える準備が始まりです。クリスマスの四週間前が新らしい暦になります。

クリスマスはイエスの来臨を・・この地上への降臨・・来ることを三重の意味で考えます。過去、現在、未来の来臨です。Jesus came。 Jesus come。

Jesus shall come。クリスマスにイエスは来られた。イエスは来ている。イエスは来るだろう。この三つです。これは大切な事です。余り気が付かないのですが。

私たちの父なる神と主イエス・キリストから 恵と平安なあるように  アーメン

教会の暦はクリスマスを迎える準備をする季節に入りました。町中クリスマス的な雰囲気があります。教会のお株を奪ったようです。伝統的な習慣を守るところでは、準備をします。クリスマス‐ツリーをかざります。多くは樅もみの木です。クリスマス‐リース(リースは花輪の意) 蔓などを輪形に編み、ひいらぎの葉や松ぼっくりなどをつけたクリスマスの飾り。ドアや壁などに掛ける家があります。クリスマスクランツは花輪の周りに四本のローソクを立てて、毎週一本ずつ点灯して行きます。四本点灯の後の主日がクリスマスになります。

現在はクリスマスが盛んですが、最初はキリストの十字架と復活が重んじられました。それは教会の暦の最初から覚えられ、祝われて来ました。それに対してクリスマスは、教会はこれを覚えて礼拝をする、教会の暦の中で特別にこれを重んじることはありませんでした。クリスマスが祝われたのは四世紀からです。だから、クリスマスは四世紀にはじめて出来たと言うことではありません。というのは、マタイの福音書、ルカの福音書などは、明らかに紀元一世紀、70年代、80年代には成立していますが、そこにはイエスの誕生にまつわる様々なことがら、東方から来た博士、マリヤへの受胎告知などがあります。それらが福音書に書かれたのが、イエスの死後30年か40年後ですから、いえすの誕生にまつわる言い伝えは、ごく古い教会のから、口から口へと伝えられていたものが、マタイとルカによって書かれたと言えます。

従って、イエスの誕生は教会の歴史の中で、後になって、非常に重んじられ、祝われるようになりましたが、イエスの誕生の意味は、最初の時代においては、余りにも強烈な十字架と復活の光りに覆われていた、それが時代を経るにしたがって、正当な重みを評価されるようになったと言えます。で、クリスマスが盛大になったと言えます。

イエスの誕生の様々な言い伝えを見ると、二つの特徴があるようです。一つはイエスがかってのイスラエルにおいてもっとも偉大であったダビデ王の子孫であると言うことです。イスラエルの歴史においては、ダビデの王国は非常に大きな意味を持っていましたから、ダビデの王国が再び実現することがるとするならば、それはダビデの再来のような王よってであるという期待が強くありました。イエスがダビデの血統・血筋から生まれた方

であると言うことが強調されています。

二つ目の強調点はイエスは父ヨセフ、母マリアから生まれたが、イエスの誕生の背後に決定的に働いているのは、神の意志、配慮、計画、神の力であるという事です。聖書は

「聖霊」によってと言いますが、「聖霊」とは「神の力」です。神の力、非常に不思議な人間を超えた力によって、このイエスという方が誕生せしめられたのだ、それは人間の意志や、人間の可能性、人間の力の限界を超えたものだということです。それをイエスの誕生にまつわる言い伝えは強調していると言えます。

マリアや婚約者ヨセフがイエスの誕生で悩んでいますが、それは彼らのような人間・罪深く、醜い人間を通して・神の力が働くと言うことを受け入れ難かったからです。それを彼らの言葉、祈りが示しているのです。でも、彼らは惑い、恐れ、疑いながらも、最後には神の意志に従っていく、そして神の御心、計画を受け入れていくのです。それを見ることが、クリスマスのポイントでもあります。

今朝は、今述べた二つの特色のはじめの、第一の意味を伝えています。イエスのエルサレム入城です。「入場」(単に会場・式場・競技場などにはいること)ではなく、「入城」(王として、征服者として城に入ること)です。イエスのエルサレム入城として知られているところです。このところは教会暦ではイエスの最後の週の「受難週」のはじめの日曜日に読まれます。やはりイエスがエルサレムに入る場面です。本来はこれが正しいのですが、それが「降臨節第一主日」に読まれるのは、クリスマスに生まれたイエスは王であり、その王を迎える意味で読まれます。それは旧約聖書の預言書ゼカリヤ書に見られます。

「娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者、高ぶることなく、ろばに乗って来る、雌ろばの子であるろばに乗って」。(9:9)。*「見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って」。

あなたの王がくる・・・それがクリスマスの意味です。喜んで迎えよう!です。ちなみにクリスマスは三重のイエスの意味を考えると言います。1は王としてのイエス。2は預言者としてのイエス。3は祭司としてのイエスです。イエスは洗礼を受けたとき、この三重の務めに任命されたと理解されています。旧約の預言者は神の言葉を語りました。同じく、預言者としてイエスはかみの言葉を語りました。旧約時代の祭司は「生け贄」を備えて、民のために仲介をしましたが、祭司としてのイエスは牡牛や羊ではなく、ご自身を神に対する「生け贄」として捧げられました。1の王としての今日の所です。

当時の民衆は誤てるメシア待望がありました。イエスは神の国を述べ伝えました。それは「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」でした。「その評判が周りの地方一帯に広まった、イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた」。イエスの神の国運動は民衆に強烈な衝撃と喜びをあたえました。特にそれが眼に見える形で・・癒しの奇跡という活動によって、また権威ある新しい教え(マルコ1:27平行)という言葉によって媒介されたために、イエスが伝えようとした神の国の到来とは異なった意味で理解されました。民衆の素朴な、しかし根強い神の国待望・メシア待望に結びつけられて行くという結果になりました。マルコの福音書の同じにゅうじょうで民衆は「我らの父ダビデの来るべき国に、祝福があるように、いと高きところにホサナ」(ホサナとは今救い給えですが、万歳!です)(11:10)とありますのは、やはり人々が地上王国を期待していた事を表しています。(ヨハネは書いています。「イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた」。イエスが「山に退かれた」とは地上の王としての考えを否定した事です。

イエスが意味した神の国とは何でしょうか。イエスの奇跡や癒しは神の赦し、神のに愛のしるし、神の支配実現の目に見えるしるし似すぎなかったのです。民衆は目に見えるも

のとしてとられ、目に見えるものに重きを置くという人間のから、イエスを奇跡を行う人して、天使の大群を天から率いてきて、ローマ帝国を滅ぼしてくれるのではないか、宗教的な人物が軍事的・政治的のも指導性を発揮して、かってのダビデ王国のような栄華をもたらしてくれるのではないか、そう言う意味でのメシア期待をイエスに当てはめて、押しつけようとしたのです。ですから、その期待が無く、失望した民衆は。また、一旦イエスを受け入れた人たちも、イエスを離れていったし、最後にはイエスを死に追いやったのです。ではイエスのいう「時は充ちた、神の国は近づいた、悔い改めて福音を信ぜよ」とは何か。それは「一方的な罪の赦しの宣言・招きを喜んで受け入れなさい」という事なのです。その招待状を受け入れる人には神の国は開かれており、受け入れない人には閉ざされたままで残るのです。

イエスのエルサレム入城をよく見ると、イエスは民衆が期待した王でないことが分かるのです。預言者ゼカリヤはイスラエルの救いを予言します。エルサレムに神に従う「王が来る」と言うのですが、この王の特徴を「ロバに乗ってくる」と言いました。当時は王は馬に乗って来るのが普通でした。王がロバに乗って来るということでゼカリヤは特別な性格を示しています。「柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って」です。「柔和な方」と言います。ヘブル語の「高ぶる」をギリシャ語は「柔和」と訳しまし

た。(ヘブル語ynI[‘ ・アニ)、ギリシャ語ではprau?”(プラユス)。意味は「柔和」から受ける感じと違って、本来は腰をかがめた姿勢を表しました。押しつぶされ、虐げられて苦しんでいる様子、また、進んで自分を低くする(へりくだる)という意味になります。

馬に乗るのが、富や権威の象徴であれば、ロバに乗るのは貧しさとへりくだりの象徴です。

私たちはイエスを「素朴で、柔和で人」という感じを持ちますが、「柔和」は重荷を負って背中が曲がる様子を示すとすると、そこに見えるのは「苦しんでいる人々の苦難のすべてをその背に担え耐える姿、そしてそれによって、すべての人を解放する力を発揮するメシアとしてのイエスの姿なのです。今の私たちは理解できます。そう理解したら、歓呼の声を上げて、イエスを歓迎できるでしょう。その日が今日でもあるのです。

また、ロバは平和のシンボルでした。軍馬と戦車は戦争の乗り物ですが、ロバは平和の乗り物です。

クリスマスになると私はパウロの言葉を思います。それはコリントⅡ・8:9節です。

「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです」。クリスマスは正にこのことが起きた日です。

イエスは私たちを豊かにするために貧しくなられたと言います。少し分かりにくいので、同じ事を言っているパウロの言葉を見ます。フィリピ2:6以下です。

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです」。

キリストは豊かで有るのに・・神の身分であり、等しい者であるのに、貧しく・・人間の姿をとり、宿屋ではなく、馬小屋で生まれ、苦難の生涯をおくり、十字架上で死ぬほどに低くなりました。しかし、それは私たちがを豊かにするためだというのです。豊かとは素晴らしい恵みを受けると言うこと、受けたと言うことです。考えてみましょう。私たちは貧しい者でした。私たちは神の前では罪深く、汚れに充ちた者でした。今、私たちは救われて、神の子として愛を受けています。そして、新しい命、永遠の命と復活の約束を頂いています。それは何ものにもまして、素晴らしい事です。ヤコブは書いています。「わたしの愛する兄弟たち、よく聞きなさい。神は世の貧しい人たちをあえて選んで、信仰に富ませ、御自身を愛する者に約束された国を、受け継ぐ者となさったではありませんか」。

ですから、パウロはクリスマスを「実に、すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました」と言っているのです。(テトス2:11)。

イエスは王ですが、それは人々を支配し、専制的に振るまい、戦争で勝利を得る王ではなく、貧しく、へりくだり、人々に仕え、人々に平和をもたらす王なのです。また、罪と死と悪魔の力から、私たちを解放した王なのです。

この王の元で生きたいと思います。                     アーメン

11月
11